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沿革

沿革

昭和37(1962)年9月
大阪府東大阪市にて東穂製作所を創業
國本周一 が代表取締役に就任
昭和43(1968)年8月
大阪府門真市に工場拡張の為移転
昭和43(1968)年10月
社名を株式会社 東穂とする 資本金500万
昭和48(1973)年3月
産炭地域振興誘致企業として北海道美唄市(東明工業団地)に工場を建設
美唄工場として操業を開始 資本金1,000万円
昭和51(1976)年6月
資本金2,000万円に増資
昭和59(1984)年11月
美唄工場 工場拡張の為増設
平成2(1990)年3月
東穂販売株式会社設立
平成6(1994)年6月
資本金3,000万円に増資
平成8(1996)年9月
國本周生 が代表取締役に就任
平成10(1998)年1月
北海道石狩工場操業開始
平成13(2001)年10月
本社工場を門真市から大東市に移転
平成18(2006)年10月
美唄工場の改築を完了
平成29(2017)年9月
國本雅也 が代表取締役に就任
令和4(2022)年9月
創業60周年を迎える

東穂物語

布施でうまれました

昭和37年
東大阪は布施というまちの住宅街。
突然、ある家の庭に工場ができました。
工場といっても、トタンで壁と屋根をくっつけただけ。

中から毎日聞こえてくる

それでもウ゛ォォオゥン ゴォォォオン

毎日うなり続けるトタン工場。

奥さんのやっていた食堂の立ち退き料を
ぜーんぶ使って建てちゃった。

奥さんの汗と涙は
トタンの中のウ゛ォォオゥン ゴォォォオンとともに
町中に蒸発していきました。

プラスチックの
ところてん

中では何をやってるの?

表には『東穂製作所』の看板。
覗いてみると、なんかが

にゅるうん にゅるうん

出てきてる。
同じ長さで切ってはまた
にゅるうん にゅるうん。

これは“樹脂”っていう材料を熱で溶かして押し出して
ながーいのをつくってるんや。

まるで、プラスチックのところてん!

これが
家のサッシの枠とか、コードを隠すカバーとか
いろんなもんに大変身。

でも、このプラスチック
温度が下がるとすぐに固まってしまう。
上手に押し出して、上手に引っ張ってあげんと
キレイな“プラスチックところてん”にはならへんねん。

「これが職人技や」
「これからはものづくりの時代やで!」

トタン工場でうまれる、にゅるうんの“プラスチックところてん”。
社長は胸を張っていました。

ドイツの森の

昭和47年のある日、社長が出かけたのはヨーロッパ。

外国のものづくり現場を視察しに行くんや。
あっちの国ではどんな“ものづくり”をしてるんかな。

わくわくしながら、いざ飛行機に。

そして降り立ったドイツ。
そこでみた工場は―なんと、、森の中にあるやんか!

目の前に広がっているのは、まるで夢の工場。

帰国してからの社長、
頭の中はこの森の工場でいっぱいや。
仕事をしてても
ご飯を食べてても
寝ていても
この森の工場のことばかり―

北海道・美唄の森の

「えーい!借金してでも“森の工場”をつくるで!」

あの工場に魅せられて
社長はとうとう全国行脚。
日本中の工場用地をあっちこっちあっちこっち。
そして、ようやくみつけた夢の場所
それは北の大地 美唄(びばい)。

焼き鳥の美味しい香りがただようこの町で
3人の新しい仲間も加わって

さぁ、夢にみた“森の工場”への第一歩!

ところが、一歩踏み出す前に
世界は、米国のニクソン大統領さんの一言で大ショック。
日本も、この「オイルショック」で大不況。
いろんなものがいろいろ足りまへん。

どないしよう。

でも、そんな逆境もなんのその。
みんなで一生懸命吹っ飛ばし
9ヶ月後には“森の工場”スタートや。

夢にまでみた“森の工場”。
森の小道を歩く社長の頬には
ポロポロポロポロ
うれし涙がつたうのでした。

美唄工場

それから社長は行ったり来たり。
大阪と北海道を行ったり来たり。

魅せられたのは
どさんこたちのでっかいでっかいあったかさ?
それともあの焼き鳥の味?
はたまた森の工場のベンチに座る至福のひとときか?

雪で閉ざされた厳しい季節も
せっせせっせと通います。

しかし、なかなか儲からん。

社長は自分の家も給料も、たくさんたくさんつぎ込んだ。
あの手この手でいろいろやって
なんと、9年目で快挙達成!

会社を辞めてこの地に住んで、頑張ってくれた娘夫婦。
ふたりのチカラも大きくて、やっとやっとこ儲かったなぁ。

あの年よく流れてたあの曲と一緒。

『思い出がいっぱい』や。

もうひとつの北海道
石狩工場

あの美唄のがんばりから15年。

いろいろあったで。
そりゃあもう。

一息ついたある日ある時

ここでもちょっとがんばりたいな。
もちょっとラーメン、とうきび、じゃがいも・・・・・・
いろいろ、いろいろ食べたいな。
そしてそして、なによりも
北海道の人らともっともっと仕事がしたいな。

そう思った社長
なんと、潮の香り漂う石狩に
もひとつ工場をつくってしもた!

平成という年号になってから、
10年の月日が経っていたのでした。

そして、
60歳になりました

門真の本社工場は、隣町の大東にお引越し。
北海道の美唄工場は、きれいきれいに改装したり。
最近の“東穂”は、なんやかっこよーなってきた感じがするな。
あっ、でもかっこええのは「かっこつける」ことやないで。

軸をぶらさない

まさにそんな“いぶし銀”のかっこよさや。
そりゃそうやな、もう60歳やもん。

時代に合わせていくのは大変やけど、若い仲間はそれを楽しんでるみたい。

いくつになっても「おもろい」

これが大事。

プラスチックをつくるのが得意な東穂やけどプラスチックだけにこだわらへん。
「おもろい」製品ができるなら、何でもやるで。
みんながおもろいことばっかり考えてたらにやにやしてばっかりやけど、それがええねん。

でも、「おもろい」だけやったら東穂の製品とちゃう。
「おもろい」うえに、北の大地の「あったかさ」が乗っかってるからな。
強いんや。

そして、次の時代に向けて、もっと“おもろあったか”な製品をつくろ。

さて、東穂はどんな100歳になってるかな。

楽しみにしといてな。

Wakka Lab. 制作

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